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しかし、絵巻物に画かれているのは、当時の農民が素足で着物の裾を端折って後ろ腰にはさんでいるだけの自然な農民の姿であることに熊本県立劇場は着目した。
館長は直ちにこの絵巻物の真贋、さらに文政3年に球磨村で棒踊りが行われたかの史実、さらに歌詞はどのようであったかの研究にとりかかり、半年をかけて漸く解明した。
ところが、ほんの僅かな歌詞の断片と、九州全土から集めた棒踊りの歌詞をつきあわせて、パズルを組み立てるようにして出来上った歌詞と踊りの構成は、優に1時間30分を越える芸能であった。
現行の棒踊りは7分ないし12分間の踊りである。そこで館長は二度にわたり、深夜に球磨村を歩き、A地点から歌いながら歩き始め、所定の場所で、くどきの文句に合わせて3曲歌い、再び歌いながらA地点に戻ると、まさに1時間半である事実が判明した。
そこで藤間勘素女師と絵巻物に描かれた人物の棒を持った六つの型から全体の踊りをイメージし、前例のない想像による復元を企画した。
踊り手が男性ばかり24人、前後に天狗と烏天狗、それに歌い手が男声で4人、合計30人の男性、しかも、踊り始めて5分間もすると、荒い息使いが練習する体育館の舞台から端まで聞えてしまう激しい踊りであるから、高齢者ではとても1時間半は耐えられないので、球磨村全体で稽古をしようと質問したが、大瀬集落の人々は絵巻物が集落内の大瀬家に伝わってきたのであるから、どうしても大瀬の住民だけで演じたいと懇願した。
そこで必ずやり遂げるという誓約をし、高齢者も数名加わって、1年問に及ぶ猛稽古を、勘素女師と弟子6人の指導のもとに開始した。

球磨村「文政三年棒踊り」
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